山田耕筰談話室

[ホーム][検索] 他の掲示板:
[マルチレス] [標題一覧] [ツリー]

お名前:
メール:
URL:
タイトル:
コメント:
記事背景:
削除パスワード: 半角英数4文字以上
文字色:

五十嵐悌三郎歌曲集 No.[7] [返信]
投稿者:小林民男 [URL] 投稿時間:2005/02/27 [日曜日] 18:59:44
岸さんからメールを戴きました。私のHPのリンクを貼って下さる
ということでありがたく思っております。
 亡父が偶々保管しておりました単ピースの「山田耕作童謡百曲
集」の一部が在りましたので、UPしていたところです。持っている
ものも欠落しているものだいぶありますので、どこかにあればと
思っておりました。
 

Re:山田耕筰 No.[12] [返信]
投稿者:小林民男 [URL] 投稿時間:2005/04/09 [土曜日] 11:31:43
私の亡父、五十嵐悌三郎が持っていた山田耕筰童謡100曲集の
100番目の曲のピースに、耕筰100言として、下記のような
文がありました。この文が亡父に相当影響を与えたのではと考え
られます。参考まで
 
耕作百言

 國々によってその國語の異る如く、國境を隔てた國と國とは
各々違った國の心を持ってゐる。仮令世界の國語がエスペラント
に統一せられたとしても、その新語の用法と、それを用いて表現
する心とは到底一つであり得ないであらう。

音樂は世界語であるといふものがある。樂理に統一せられた音樂
は、実際、世界の何れの國民にも通ずる言葉であるかも知れな
い。が、その言葉を通して表現しようとする心は、必ずしも萬人
に同じ響き與へるものでない。我々は洋樂の心を解し、自分の心
をそれに觸れしめることは出来るけれども、我々の國民性があ
り、我々に我々の個性がある限り、洋樂の心はそのまゝに自分の
心であると言いきることは出来ないであらう。恰度、文學者が在
来の言葉を用ひて新しい熟語を造ったりするやうに、最も自由な
感情の表象的表現である音樂が、在来の洋樂り形式的踏襲の域か
ら一歩を踏み出して、我々自身の心を物語る時が来なければ、
我々の眞實の心の要求は充されることがないであらう。私は目覺
めた日本が、洋樂の外形に煩はされることなしに、日本自身の心
を静かに語り出る日の一日も早く来らんことを祈り、且つ待ち望
んでゐる。

 
 

Re: No.[13] [返信]
投稿者:管理人 投稿時間:2005/04/09 [土曜日] 23:52:48
当時の人の気持ちが伝わります。
アップありがとうございます。

Re: No.[8] [返信]
投稿者:管理人 投稿時間:2005/03/01 [火曜日] 20:32:23
五十嵐悌三郎歌曲集の山田耕筰氏「童謡100曲集」は曲も聞ける
充実した素晴らしいWebです。
リンクさせて頂きありがとうございます。
お父様は何をされていたのでしょう。
山田耕筰氏と茅ヶ崎市との関係などご存知でしたら、お教え下さ
い。

Re: No.[9] [返信]
投稿者:小林民男 [URL] 投稿時間:2005/03/06 [日曜日] 12:29:22
私の亡父悌三郎は山形師範や京城師範で音楽の教師をしておりま
したが、その期間内にに山田耕筰童謡百曲集を購入したものと思
われます。昭和13年に京城から内地に引き揚げて来て、14年
頃、当時の軍に抵抗して取調べを受け、遂に留置され年末に帰っ
てきたまま床に就き翌15年5月1日に他界しました。
 従って山田耕筰先生とは、特別な関係はございませんでした。
私たち残された家族は、昭和19年に父母の故郷である山形に疎
開してきて以来山形県に住み付いております。
 この楽譜は実家の兄のところにあった物を借りてきて音などを
作ってきたものですが、欠落している楽譜は何で無いのか皆目判
りません。


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [トピック総件数:46件]
削除パスワード: