活動趣意

 山田耕筰氏は、日本音楽界最高の指導者であり、すぐれた名曲を生んだ日本音楽史上の巨匠であります。
 氏は昭和元年、楽団分裂後に茅ヶ崎に居住しましたが、苦難に満ちた彼の人生の中で、この茅ヶ崎時代は最も家族愛に恵まれた幸福な日々でした。「穏やかな湘南茅ヶ崎の風は作曲への意欲を俄に高めてくれた。」と手記の中で語っています。まさに茅ヶ崎の風土が名曲を生んだといって良いでしょう。そしてこの時期(昭和元年〜2年)に童謡百曲集が生まれ「赤とんぼ」「この道」「すかんぽの咲く頃」「砂山」「あわて床屋」などが作曲されましたが、この事実は余りにも知られておらす、私たちはこの感動と音楽文化を後世まで歌い継ぎたいと思っております。
 茅ヶ崎の文化と新たなまちおこしのためにも、その功績を讃えるコンサートと歌碑建立などを考えて活動しております。


★会の名称変更について

茅ヶ崎に住まいを移し、「赤とんぼ」など数々の童謡を作曲した国民的作曲家・山田耕筰の業績を今目に伝えるために、昨年1123目、没40年を記念する「山田耕筰を讃える音楽祭」を開き、童謡の数々をともに歌いながら世代を超えて生きることの共感を分かち合いました。
“没40年「山田耕筰」を讃える会”は、会の名称のように一年限りのため、主催者として役割を果たし一旦解散しましたが、世代を超えてわが国の童謡を育んでいく試みを続けていこうという会員や賛同者の熱意で、“没40年「山田耕筰」を讃える会”をさらに継続していくことになりました。
そこで会の名称を改めることにいたしました。
 “童”は`茅ヶ崎山田耕筰の会'のニックネームとしてつけられました。世代にかかわらず無邪気気な童心に返り命の源泉にもどってみたいという幅広い願望をふくめています。目を輝かせる童顔の子供たちの姿がそこにはあるのかもしれません。



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平成18年8月1日

没後40年山田耕筰を讃える会
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